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佐賀地方裁判所武雄支部 昭和34年(わ)77号 判決 1960年3月03日

被告人 元山逸馬

明二六・一・一四生 農業

伊勢馬場治美

明四一・二・二七生 農業

主文

被告人元山逸馬及び同伊勢馬場治美をいずれも罰金二万五千円に処する。

被告人等において右罰金を完納することができないときはいずれも金二百五十円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人伊勢馬場治美に対し押収の現金三千円(押検第六号)を没収する。

被告人元山逸馬に対し選挙権及び被選挙権を有しない期間を三年に、被告人伊勢馬場治美に対し同期間を四年に夫々短縮する。

訴訟費用中証人松尾三蔵及び同田村秋広に支給した分は被告人元山逸馬の負担、証人宮原始、同中原喜代磨、同中原マサヱ、同秀島俊孝、同古川光、同中村好見に支給した分は被告人伊勢馬場治美の負担、証人尾崎英次に支給した分は被告人両名の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)(略)

(証拠の標目)(略)

(弁護人等の主張に対する判断)

弁護人等は(一)本件については先に被告人伊勢馬場治美に対し武雄簡易裁判所において同庁裁判官植村武雄により略式命令がなされたが、同被告人が正式裁判の申立をしたところ、同裁判官は本件を佐賀地方裁判所武雄支部に移送する旨の決定をなした。しかし乍ら元々略式命令に関与した裁判官が該事件につき一切の職務執行から除斥せらるべきことは刑事訴訟法の明文に照し明白であるから、同裁判官のなした移送決定は違法無効で、事件は未だ武雄簡易裁判所に係属し、佐賀地方裁判所武雄支部にその管轄権がない。よつてその旨の裁判を求める。(二)本件の証拠として提出せられた(イ)被告人元山逸馬の検察官に対する昭和三十四年五月六日附供述調書は検察官の脅迫による白白であつて、それには任意性がない。すなわち、右調書を作成した検察官上山佐月は同被告人に対し伊勢馬場は既に自白しており同被告人において若し否認を維持すれば伊勢馬場治美は偽証罪になる旨申向け、午前中より夜間に亘つて強制的に取調をなしたので、勾留も長くなつていた被告人としては身体の苦痛もあつて心ならずも自白したものである。(ロ)被告人伊勢馬治美の場合も亦同人の司法警察員及検察官に対する供述調書は、その勾留期間中赤痢に罹り、病後の衰弱に乗じてなされた強制誘導によるもので、自白に任意性がない。(ハ)又被告人伊勢馬場の裁判官に対する本件起訴前の証人尋問は刑事訴訟法第二百二十三条及び第百九十八条との関連において同法第二百二十七条第二項の疎明のある場合に限るのに、右はその疎明なく行われた捜査手続上の違法があり、従つて右尋問調書は憲法第三十一条に違反するのであつて、以上の各証拠はいずれもその証拠能力がない。(三)次に、押収の手帳(押被第一号)によれば被告人伊勢馬場は昭和三十四年三月一日石切場に行つていることが明かであり、当日平原精米所に行つた事もないのであるから、同所で被告人元山より金銭の供与を受けた筈がない。(四)被告人伊勢馬場が六月十四日頃中原に二千円を支払つたことは相違ないが、これは籾すり代として支払つたことに相違なく選挙に何等関係がない旨極力主張するので、これらに対して順次研討を加える。

第一、本件につき先に武雄簡易裁判所裁判官植村武雄が被告人伊勢馬場に対し略式命令をなしたところ、同被告人より正式裁判の申立があつたので、昭和三十四年八月三日同裁判官が刑事訴訟法第三百三十二条により本件を佐賀地方裁判所武雄支部に移送したことは一件記録によつて明かである。しかし乍ら、元々右決定は管轄の競合する地方裁判所に事件を移す形式的な裁判に止まり、何等事件につき実質的内容の決定をなすものでない。むしろ右は該事件につき裁判の公正を期する上に慎重でこそあれ、直ちに不公平を来すこともないから、これを以て刑事訴訟法第二十条に所云除斥さるべき職務の執行には当らないと解するのが相当である。加えるに、除斥原因ある裁判官のなした決定が直ちに無効であるとも云えないのであつて管轄違いの主張は到底その理由がない。(以下略)

(裁判官 松本敏男)

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